クラブヒストリー〜伝説の始まり〜

みんなが大好きなサガン鳥栖。

PJMフューチャーズから始まり、鳥栖フューチャーズへ名称変更、解散…

その後、サガン鳥栖が結成され、現在までどういう経緯を辿っていまの愛されるクラブまで成長できたのか。

すごく気になりますよね。

このサイトではコアなサポーターの方や新規サポーターの方にも、もっとサガン鳥栖の歴史を知っていただくために記事をまとめました。

小さい子供さんからご老人の方まで愛されるクラブ、我らがサガン鳥栖。

サガン鳥栖が生活の一部になってる方も多いと思います。

サガン鳥栖の歴史を知ることで、今よりもっとサガン鳥栖を愛せると思います。

よければ最後までご覧ください。

Contents

PJMフューチャーズ時代

1987年〜PJMフューチャーズ誕生〜

PJMジャパンが静岡県浜松市に【PJMフューチャーズ】を創設。

カテゴリー:静岡県西部3部リーグ

戦績10戦10勝0分0敗、得点133点、失点1点

最終順位:1位 静岡県西部2部リーグへ昇格

監督:桑原勝義

1988年

カテゴリー:静岡県西部2部リーグ

戦績14戦14勝0分0敗、得点192点、失点2点

最終順位:1位 静岡県西部1部リーグへ昇格

監督:桑原勝義

1989年

カテゴリー:静岡県西部1部リーグ

戦績15戦15勝0分0敗、得点168点、失点7点

最終順位:1位 静岡県2部リーグへ昇格

監督:桑原勝義

1990年

カテゴリー:静岡県2部リーグ

戦績15戦15勝0分0敗、得点135点、失点2点

最終順位:1位 静岡県1部リーグへ昇格

監督:桑原勝義

1991年〜佐賀県に誘致決定〜

カテゴリー:静岡県1部リーグ

戦績19戦19勝0分0敗、得点123点、失点2点

最終順位:1位 東海リーグへ昇格

監督:桑原勝義

10月佐賀県サッカー協会が佐賀県への誘致決定を発表

1992年

カテゴリー:東海リーグ

戦績16戦13勝2分1敗、得点48点、失点9点

最終順位:1位 JFL(旧)2部リーグへ昇格 

監督:桑原勝義

1993年

カテゴリー:JFL(旧)2部リーグ

戦績18戦15勝0分3敗、得点46点、失点9点

最終順位:2位 JFL(旧)リーグへ昇格

監督:桑原隆

鳥栖フューチャーズ時代

1994年〜鳥栖市へホームタウン移転〜

カテゴリー:JFL(旧)リーグ

戦績30戦22勝0分8敗、得点70点、失点47点

最終順位:4位 JFL(旧)に残留

監督:桑原隆 → セルヒオ・バティスタ

ホームタウンを鳥栖市へ移転

1995年〜鳥栖フューチャーズへ改名〜

カテゴリー:JFL(旧)リーグ

戦績30戦19勝0分11敗、得点47点、失点37点

最終順位:4位 JFL(旧)に残留

監督:イヴァン・チャブリノヴィッチ → 張外龍

クラブ名を【鳥栖フューチャーズ】に改名

Jリーグ準会員として承認

1996年

カテゴリー:JFL(旧)リーグ

戦績30戦20勝0分10敗、得点68点、失点44点

最終順位:4位 JFL(旧)に残留

監督:ネルソン・アグラスタ → セルヒオ・バティスタ

サガン鳥栖時代

1997年〜サガン鳥栖発足〜

カテゴリー:JFLリーグ

戦績30戦13勝0分17敗、得点38点、失点49点

最終順位:11位 JFLに残留

その他の大会:Jリーグ杯 GL敗退、天皇杯 3回戦敗退

監督:楚輪博

他のクラブのサポーターなど、多くの方からの署名を5万人分を超える数を集めて存続決定

1月 運営会社の(株)佐賀スポーツクラブの解散決定

2月4日 佐賀県サッカー協会会長の中村安昭を代表者とする任意団体として【サガン鳥栖】発足

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1998年

カテゴリー:JFLリーグ

戦績30戦14勝0分16敗、得点40点、失点55点

最終順位:8位 J2リーグ発足により昇格

その他の大会:Jリーグ杯 天皇杯 3回戦敗退

監督:楚輪博

株式会社サガン鳥栖として法人化(中村安昭社長)

1999年より発足するJ2リーグへの参加も決定

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1999年〜J2参加〜

カテゴリー:J2リーグ

戦績36戦12勝2分22敗、得点52点、失点64点

最終順位:8位 J2リーグに残留

その他の大会:Jリーグ杯 1回戦敗退、天皇杯 3回戦敗退

監督:楚輪博

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2000年

カテゴリー:J2リーグ

戦績40戦15勝5分20敗、得点41点、失点52点

最終順位:6位 J2リーグに残留

その他の大会:Jリーグ杯 1回戦敗退、天皇杯 3回戦敗退

監督:高祖和弘

1月7日 坂田道孝氏 逝去

アカデミー出身の古川隆志(Jr.ユース→ユース)がサガン鳥栖でプロ契約。アカデミー出身者の中でトップチームでの契約は初めて。

アカデミー出身者の八田康介(Jr.ユース→柳川高校)がサンフレッチェ広島でプロ選手になる。(後の2005年に期限付き移籍でサガン鳥栖に所属)

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2001年

カテゴリー:J2リーグ

戦績44戦10勝4分30敗、得点45点、失点82点

最終順位:10位 J2リーグに残留

その他の大会:Jリーグ杯 1回戦敗退、天皇杯 4回戦敗退

監督:高祖和弘 → 上永智宏(天皇杯)

アカデミー出身者の赤司大輔がサガン鳥栖でプロ選手になる。

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2002年

カテゴリー:J2リーグ

戦績44戦9勝14分21敗、得点41点、失点64点

最終順位:9位 J2リーグに残留

その他の大会:天皇杯 3回戦敗退

監督:副島博志

古賀照子が社長に就任

5月24日初めての国際親善試合カメルーン代表戦(0-1●)

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2003年

カテゴリー:J2リーグ

戦績44戦3勝11分30敗、得点40点、失点89点

最終順位:12位 J2リーグに残留

その他の大会:天皇杯 1回戦敗退

監督:千疋美徳

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2004年

カテゴリー:J2リーグ

戦績44戦8勝11分25敗、得点32点、失点66点

最終順位:11位 J2リーグに残留

その他の大会:天皇杯 4回戦敗退

監督:松本育夫

バンディエラの高橋義希が入団した記念の年。

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2005年〜『17』永久欠番&新居大活躍〜

カテゴリー:J2リーグ

戦績44戦14勝10分20敗、得点58点、失点58点

最終順位:8位 J2リーグに残留

その他の大会:天皇杯 4回戦敗退

監督:松本育夫

1月17日開催の臨時株主総会により、2月28日に法人解散が決定

1月30日坂田道孝さんの命日1月7日をもとに『17』番をJリーグ初の永久欠番に制定

株式会社サガンドリームスが設立され、井川幸広が社長に就任

新居辰基が17得点でJ2日本人得点王となる⚽️

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2006年〜J1が目の前に見えた時〜

カテゴリー:J2リーグ

戦績48戦22勝13分13敗、得点64点、失点49点

最終順位:4位 J2リーグに残留

その他の大会:天皇杯 4回戦敗退

監督:松本育夫

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2007年

カテゴリー:J2リーグ

戦績48戦21勝9分18敗、得点63点、失点66点

最終順位:8位 J2リーグに残留

その他の大会:天皇杯 5回戦敗退

監督:岸野靖之

松本育夫がGMに就任

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2008年

カテゴリー:J2リーグ

戦績42戦19勝7分16敗、得点50点、失点51点

最終順位:6位 J2リーグに残留

その他の大会:天皇杯 ベスト8

監督:岸野靖之

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2009年

カテゴリー:J2リーグ

戦績51戦25勝13分13敗、得点71点、失点50点

最終順位:5位 J2リーグに残留

その他の大会:天皇杯 4回戦敗退

監督:岸野靖之

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2010年〜金民友が初代表🇰🇷〜

カテゴリー:J2リーグ

戦績36戦13勝12分11敗、得点42点、失点41点

最終順位:9位 J2リーグに残留

その他の大会:天皇杯 3回戦敗退

監督:松本育夫

金民友が韓国代表に選出された🇰🇷

現役の代表選手は初めて!

守田創らがアカデミー出身者として久々にサガン鳥栖でプロ契約

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2011年〜豊田得点王、そしてJ1へ〜

カテゴリー:J2リーグ

戦績38戦19勝12分7敗、得点68点、失点34点

最終順位:2位 J1リーグに昇格

その他の大会:天皇杯 2回戦敗退

監督:尹晶煥

竹原稔が社長に就任

豊田陽平が23得点でJ2リーグ得点王獲得⚽️

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2012年〜新たな伝説の始まり〜

カテゴリー:J1リーグ

戦績34戦15勝8分11敗、得点48点、失点39点

最終順位:5位 J1リーグに残留

その他の大会:Jリーグ杯 GL敗退、天皇杯 2回戦敗退

監督:尹晶煥

豊田陽平が19得点で得点ランキング2位、ベストイレブン選出⚽️

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2013年〜天皇杯の躍進、豊田代表へ🇯🇵〜

カテゴリー:J1リーグ

戦績34戦13勝7分14敗、得点54点、失点63点

最終順位:12位 J1リーグに残留

その他の大会:Jリーグ杯 GL敗退、天皇杯 ベスト4

監督:尹晶煥

天皇杯クラブ史上初のベスト4!

豊田陽平が日本代表に選出される🇯🇵

金民友が韓国代表に選出される🇰🇷

6月14日国際親善試合大邱FC戦(2-3●)

7月24日国際親善試合シドニーFC戦(○2-1)

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2014年〜再び躍進&代表戦へ〜

カテゴリー:J1リーグ

戦績34戦19勝3分12敗、得点41点、失点33点

最終順位:5位 J1リーグに残留

その他の大会:Jリーグ杯 GL敗退、天皇杯 4回戦敗退

監督:尹晶煥 → 吉田恵

豊田陽平がフェアプレー賞を受賞

豊田陽平が引続き日本代表に選出される🇯🇵

金民友が引続き韓国代表に選出される🇰🇷

林彰洋が日本代表に選出される🇯🇵

坂井達弥が日本代表に選出される🇯🇵

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2015年〜藤田初代表🇯🇵〜

カテゴリー:J1リーグ

1st:戦績17戦5勝5分7敗、得点22点、失点32点

順位:11位 

2nd戦績17戦4勝8分5敗、得点15点、失点22点

順位:12位 

総合順位:11位 J1リーグに残留

その他の大会:Jリーグ杯 GL敗退、天皇杯 ベスト8

監督:森下仁志

Jリーグフェアプレー賞をチームで受賞

藤田直之が日本代表に選出される🇯🇵

豊田陽平が引続き日本代表に選出される🇯🇵

林彰洋が引続き日本代表に選出される🇯🇵

金民友が引続き韓国代表に選出される🇰🇷

2月22日トヨタプレミアカップ BECテロ・サーサナFC戦(0-0(PK3-4)▲)

8月1日国際親善試合アトレティコ・マドリード戦(1-1(PK1-4)▲)

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2016年

カテゴリー:J1リーグ

1st戦績17戦4勝5分8敗、得点10点、失点15点

順位:15位 

2nd戦績17戦8勝5分4敗、得点26点、失点22点

順位:8位

総合順位:11位 J1リーグに残留

その他の大会:Jリーグ杯 GL敗退、天皇杯 4回戦敗退

監督:マッシモ・フィッカデンティ

Jリーグフェアプレー賞をチームで受賞

林彰洋が引続き日本代表に選出される🇯🇵

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2017年〜権田、鎌田の大躍進〜

カテゴリー:J1リーグ

戦績34戦13勝8分13敗、得点41点、失点44点

最終順位:8位 J1リーグに残留

その他の大会:Jリーグ杯 GL敗退、天皇杯 3回戦敗退

監督:マッシモ・フィッカデンティ

Jリーグフェアプレー賞をチームで受賞

2月18日国際親善試合 水原三星ブルーウィングス(○2-1)

権田修一が日本代表に選出される🇯🇵

7月 鎌田大地がアイントラハト・フランクフルトへ移籍

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2018年〜トーレス入団〜

カテゴリー:J1リーグ

戦績34戦10勝11分13敗、得点29点、失点34点

最終順位:14位 J1リーグに残留

その他の大会:Jリーグ杯 GL敗退、天皇杯 ベスト8

監督:マッシモ・フィッカデンティ → 金明輝

7月 フェルナンド・トーレス入団

ジョアン・オマリがレバノン代表に選出される🇱🇧

権田修一が引き続き日本代表に選出される🇯🇵

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2019年〜トーレス引退〜

カテゴリー:J1リーグ

戦績34戦10勝6分18敗、得点32点、失点53点

最終順位:15位 J1リーグに残留

その他の大会:Jリーグ杯 GL敗退、天皇杯 ベスト8

監督:ルイス・カレーラス → 金明輝

2月5日ルナー・ニューイヤー・カップ 香港リーグ選抜戦(△1-1(PK4-2))

2月7日ルナー・ニューイヤー・カップ 山東魯能泰山足球倶楽部戦(1-3●)

8月 フェルナンド・トーレス引退

石井快征が2種契約後、プロ契約

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2020年〜若手の大躍進〜

カテゴリー:J1リーグ

戦績34戦7勝15分12敗、得点37点、失点43点

最終順位:13位 J1リーグに残留

その他の大会:Jリーグ杯 GL敗退、天皇杯 参加除外

監督:金明輝

J1月間優秀監督賞 受賞

松岡大起、板橋洋青、大畑歩夢、本田風智がプロ契約

竹原稔が社長を辞任することを表明

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2021年〜新たな10番伝説の始まり〜

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