サガン鳥栖レジェンズ〜豊田陽平〜

Jリーグ公式チャンネル・DAZNのYouTubeより引用

【豊田陽平とはサガン鳥栖である】

これは私の口癖であり、希望です。

今サガン鳥栖がJ1リーグで闘っていられるのも彼の入団、活躍が大きく影響したと思っております。

このサイトではサガン鳥栖レジェンズとして、現所属選手や引退した選手のことを記事にしていきます。

かなり個人の想いが入った記事になりますが、読んで頂けた方にとって新しい発見になるような記事にします。

プロフィール

名前:豊田 陽平(トヨダ ヨウヘイ)

チャント

愛称:トヨ、トヨグバ、トヨくん

出身地:石川県小松市

身長/体重:185cm/79Kg

ポジション:FW

マネジメント会社:エイベックス・マネジメント株式会社

本人のInstagramはこちら💁🏻‍♂️

経歴

FC小松

星稜高等学校

名古屋グランパスエイト:2004年〜2008年

 −モンティディオ山形:2007年〜2008年までの間は期限付移籍

京都サンガF.C.:2009年〜2011年

 −サガン鳥栖:2010年〜2011年までの間は期限付移籍

サガン鳥栖:2012年〜  

 −蔚山現代FC2018年1月〜6月までの間は期限付移籍

戦績、記録

戦績:日本 

J1リーグ 

298試合出場、98ゴール、得点率0.32点/試合

(244試合出場、92ゴール得点率0.37点/試合)

J2リーグ

124試合出場、53ゴール、得点率0.43点/試合

( 72試合出場、36ゴール、得点率0.50点/試合)

リーグ杯 

 27試合出場、4ゴール、得点率0.15点/試合

( 17試合出場、4ゴール得点率0.24点/試合)

天皇杯

28試合出場、18ゴール、得点率0.64点/試合

( 21試合出場、13ゴール得点率0.62点/試合)

韓国K1リーグ  

9試合出場、 2ゴール、得点率0.22点/試合

AFC

7試合出場、0ゴール、得点率0.00点/試合

日本・韓国・AFC合計

493試合出場、175ゴール、得点率0.35点/試合

(354試合出場、145点、得点率0.40得点/試合

※上記統計により3試合に1得点している数値になります。

※(  )内はサガン鳥栖での成績になります。

※サガン鳥栖では145得点とかなり多くのゴールを入れてくれてます。

また得点率も驚異の0.40点/試合とかなりの高い数値を出してくれてます。

個人記録

Jリーグ初出場

2004年8月21日ジュビロ磐田戦

Jリーグ初得点

2005年7月13日 鹿島アントラーズ戦

大怪我

2007年相手DFと接触により小腸破裂の大怪我

2008年右足骨折

6試合出場停止

2007年相手顔面を蹴り6試合出場停止(結構気性が粗い系?)

初ハットトリック(J2)

2011年10月13日 FC岐阜戦

初ハットトリック(J1)

2013年 3月 2日 ジュビロ磐田戦

全てヘディングのみでのハットトリック達成

長谷川祥之、高木琢也、中山雅史、呂比須ワグナーに続く史上5人目、しかも15年振り

J1で4年連続15得点

日本人として三浦知良、武田修宏、中山雅史に続く史上4人目

5年連続で2桁得点以上を記録

2011年 J 2リーグ得点王

2012年 Jリーグベストイレブン

2014年Jリーグフェアプレー賞

日本代表歴、選抜歴

2008年 北京オリンピック代表

3試合出場、1ゴール

2013年 東アジアカップ フル代表

3試合出場、0ゴール

2014年 キリンチャレンジ杯2014 フル代表

3試合出場、1ゴール(11月14日:ホンジェラス代表 ○6−0)

2015年 AFCアジアカップ

2試合出場、0ゴール

代表戦通算

8試合出場、1ゴール 

エピソードなど

J1昇格請負人

モンティディオ山形(2007年に機変付移籍で加入)2008年にクラブ初のJ1昇格

鳥栖(2010年に期限付移籍で加入、2012年に完全移籍加入)2011年にクラブ初のJ1昇格

プレースタイル

フィジカル強さを活かしてプロの屈強なディフェンダーにもあたり負けしないパワフルなプレースタイルが特徴

バッキバキに発達したふくらはぎの筋肉と背筋で相手DFに仕事をさせない。

高さも、強さもあって、動きの速さもあるのに、気持ちのこもった前線からの守備で若手が多いチームを前線から鼓舞する熱い漢!

人物像

とにかくファンにとって優しい選手のうちの一人。

イベントではインタビューアーも驚くくらい流暢な喋りを駆使し、ファンを楽しませてくれる。

ピッチ上では人一倍負けず嫌いな性格からピッチ内では勝負にこだわり、時には相手選手と一触即発の雰囲気を出し、チームメートから諌められる事がある。

好奇心は旺盛だが礼儀正しく、ファンサービスにも定評がある。

特に子供(赤ちゃん)には優しい。

※因みにうちの娘も抱っこしてもらった後にサインを貰えた。

鳥栖加入後は濃いピンクのマウスガードをしている。

日本代表招集時には紅白のマウスガードを作り話題を集めた。

かっこいい名言集

PKについて

PKを止められるときは、だいたい迷いがある。だからPKを成功させるには、迷いをなくせばいい。

W杯代表落選時の本人のコメント(動画からの文字起こし)

みなさん、こんばんは。

多くの期待や、応援をしていただき、本当にありがとうございました。

今回、本当に残念な結果となってしまったんですけど、僕自身、もうすでに気持ちは前を向いていますし、次のリーグ戦の大宮戦に向けて、今日からもう準備しようと思っています。

心配なされてる方がいらっしゃると困るので、こういった形で、動画という形で、僕の言葉でメッセージを贈りたいと思いました。

引き続き、豊田陽平という選手とサガン鳥栖の応援をよろしくお願いします。

僕は次に向かって進んでいるので、みなさんも悲しい思いを引きずることなく、次に一緒に進んでいきましょう。

よろしくお願いします。

ではまた。すべては鳥栖のために。

W杯代表落選時の本人インタビューでのコメント

少しの喜びのために、

これからもたくさんの我慢をしていきたい。

W杯落選時の本人動画より

みなさん、こんばんは。多くの期待や、応援をしていただき、本当にありがとうございました。今回、本当に残念な結果となってしまったんですけど、僕自身、もうすでに気持ちは前を向いていますし、次のリーグ戦の大宮戦に向けて、今日からもう準備しようと思っています。心配なされてる方がいらっしゃると困るので、こういった形で、動画という形で、僕の言葉でメッセージを贈りたいと思いました。引き続き、豊田陽平という選手とサガン鳥栖の応援をよろしくお願いします。僕は次に向かって進んでいるので、みなさんも悲しい思いを引きずることなく、次に一緒に進んでいきましょう。よろしくお願いします。ではまた。すべては鳥栖のために。

契約更新時のコメント(わかる分だけ)

2015年シーズン

サガンドリームス様は、私に最大限の誠意を示してくださいました。よって私はサガン鳥栖と共に生き、成長していく責任と覚悟を決めました

2016年シーズン

「こんにちは、今年も誕生日3ヶ月前に皆様に更新の発表ができとてもうれしく思います。

キャリアの半分以上をこの小さな街のクラブで過ごすことになんの後悔もありません。

ここで成長することも、てっぺんを取ることも不可能ではないと思っています。

鳥栖は鳥栖らしく。移りゆく時の中でその芯の部分を見失わないように、1日1日、積み重ねてゆきたいと思います」

2017年シーズン

「本日、豊田陽平はサガン鳥栖と契約を更新させていただきましたことを、皆様にお知らせ致します。

今までより、約2ヶ月はやく発表させていただきました。これは私自身、そしてクラブからのタイトル獲得に向けた、一つ目の強いメッセージと受けとっていただければと思います。

私達は今シーズンをもって一人の宝を失うことになります。ですがそれと同時に、大きな希望を耳にし、胸に刻むことができたはずです。

『夢は叶う!』

True champions in the hearts of all who love Sagantosu.

10の希望と17の誇りを胸に

2018年シーズン

あけましておめでとうございます。

2018シーズンより、大好きな鳥栖を離れる決意を固めました。

常に誠実に、鳥栖のためにピッチ内外で痒いところに手が届くような人間、選手でありたいと。そう常に思わせてくれたのはクラブ、ファン、サポーターの皆様の存在が私自身にとって特別なものだったからです。

この移籍でサガン鳥栖と決別するという意味合いはもちません、私の哲学の中にある“鳥栖のあるべき姿”を外から確認できたとき、また鳥栖でプレーしたいと必ず思うはずです。

この曖昧な表現でファン、サポーターの皆様が混乱することは望んでいません。望むのは、サガン鳥栖のタイトル奪取と豊田陽平のゴールで皆様の胸にある思いが、私に届きつづけることです。

2010年より、どんな時も不器用な私の背中を押し、飛躍させてくれた全ての皆様に感謝し次のステージでも、努力を惜しまず豊田陽平らしく最善を尽くしつづけることを約束します。

ありがとうございました。

2018年6月7日 蔚山からの期限付き復帰の際のコメント

『こんにちは、この度私豊田陽平はサガン鳥栖に復帰させていただく運びとなり、正式に発表させていただきます。鳥栖を離れてからもサガン鳥栖への愛着、感謝の気持ちは片時も離れず私の心にありました。毎試合、鳥栖の結果を気にしつつ、韓国でも日本と同じように自分らしく、常に蔚山現代FCが勝利するために誠心誠意プレーしました。このタイミングで戻ってくるのは私だけの気持ちでは難しいところもあったのですが、両クラブの多大なるリスペクトによって実現しました。選手として深く感謝しております。鳥栖のユニフォームを着る以上、勝利を手繰り寄せるために相手よりも激しく戦い、走り、諦めずに最後までプレーすることをお約束します。サガン鳥栖ファミリーとの再会、楽しみにしております。豊田は鳥栖のために。鳥栖は皆様のために」

2019年シーズン

一緒に戦った功労選手に敬意を。

これから共に戦う選手に歓声を。

2020年シーズン

サガン鳥栖に関わるすべての方々が大切にしている名誉ある特別な日に、誠に恐縮ではございますが契約更新の発表をさせていただけること、幸甚の至りです。

20年という月日が流れようと、選手が入れ替わろうと決して忘れることはありません。

あらためて故坂田道孝先生へ心から感謝し、不退転の覚悟で臨みたいと思います。

2021年シーズン

2021シーズンもサガン鳥栖ファミリーの皆さまと共に戦い全てを分かち合いたいと思います。本年もどうぞよろしくお願い致します。豊田陽平

トヨさんサポやサガン鳥栖のツイート紹介!

まとめ

冒頭で【豊田陽平とはサガン鳥栖である】

これは私の口癖であり、希望です。

今サガン鳥栖がJ1リーグで闘っていられるのも彼の入団、活躍が大きく影響したと思っております。

と書きましたが、彼の実績、言葉をまとめていると本当に涙が止まりませんでした。

今のサガン鳥栖があるのは本当に『豊田陽平』が居てくれたからだと思います。

サガン鳥栖の宝であり、キングである豊田選手を今年も応援できることに感謝して今シーズンも選手達の戦いに一喜一憂したいです。

長い文章になりましたが最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました。

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